彼氏がいない自分を受け入れられない、その苦しさの正体

恋愛依存・自立した恋愛

以前の記事で、「彼氏がいない自分をどうしても受け入れられなかった」ということに少し触れました。

当時の私にとって、これは恋愛依存の中でも一番苦しい部分だったように思います。

今日は、その苦しさの正体が結局何だったのか、もう少し深く掘り下げてお話ししたいと思います。

この記事を書いた人
sarah

はじめまして。Sarah(サラ)です。

かつての私は、恋愛になると自分を見失ってしまうタイプでした。相手に依存してしまったり、振り回されて苦しい思いをしたり、そんな恋愛を何度も繰り返してきました。

そんな経験があったからこそ、「自分を大切にしながら愛される恋愛」がどれだけ大事かを、身をもって学ぶことができました。今は自立した心で、パートナーと穏やかな関係を築けています。

このブログでは、恋愛依存や自分を見失う恋愛から抜け出したい方、婚活中の方、マッチングアプリでの出会いを探している方に向けて、私自身の経験と学びをお届けしていきます。

sarahをフォローする

「選ばれていない自分」に価値がないと思っていた

当時の私は、「誰からも選ばれていない自分には価値がない」と、心のどこかで本気で思い込んでいました。

彼氏がいない、誰にも口説かれていない、それはつまり「モテない女」「ダサい」「女として終わっている」ということなんだと、勝手に自分にレッテルを貼っていたんです。

恋愛をしていると肌艶もよくなっていく気がするのに、逆にしていないと女として枯れていく——そんなふうにさえ思っていました。

誰かに口説かれること、誰かに求められることが、自分がまだ「女として終わっていない」証明のように感じていたのかもしれません。

だからこそ、化粧やおしゃれをあまり気にせずに過ごしている女性を見て、正直あまり理解できませんでした。

「男性からモテなくても平気なのかな」と、不思議にすら思っていたんです。今思えば、それくらい「恋愛している自分」「誰かに求められている自分」に価値を置きすぎていたんだと思います。

なのに、友達には同じことを思わなかった

不思議なのは、彼氏がいない友達のことは、まったく気にならなかったことです。

「彼氏いないんだ、大丈夫かな」なんて一度も思ったことはありません。彼氏がいてもいなくても、その子の魅力や価値が変わるなんて考えたこともありませんでした。

なのに、自分のこととなると話は別でした。彼氏がいないこと、恋愛をしていないことだけが、どうしても受け入れられなかったんです。

今振り返ると、これは客観的な価値観ではなく、自分にだけ向けていた、かなり歪んだものさしだったんだと思います。

他人には向けない厳しさを、なぜか自分にだけ向けてしまう。この矛盾に気づけたことが、後になって大きなヒントになりました。

一番つらかったのは、メッセージが来ない時間

その苦しさが一番強く出ていたのは、メッセージのやり取りがない時間でした。

朝起きても、夜寝る前でも、誰からもメッセージが来ない。そのたびに、この世界中で誰も私のことを気にかけてくれる人はいないんだ、と思っていました。

それがとにかく退屈で、時間を持て余していました。暇で暇でしかたなくて、「誰か、誰でもいいから」と思ってしまうこともありました。

友達に相談すると「いつかいい人に出会うよ」と励ましてくれるのですが、当時の私は「いつかっていつ?私は今すぐに求めているのに」と、その優しさすら素直に受け取れませんでした。「いつか」という言葉が、あまりにも遠くて曖昧に感じられて、余計に焦りが募っていったんです。

今思うと、この「誰か、誰でもいいから」という気持ちのまま人と関わってしまうと、相手をきちんと見極める余裕もなくなってしまいます。

実際、この時期の私は、相手が誰であるかよりも、「メッセージが来ること」自体を求めていたように思います。

家族も友達もいるのに、どうしようもない孤独感があった

今振り返ると、あの頃の私は、家族もいて、子供もいて、友達もいたのに、ものすごい孤独感を感じていました。

傍から見れば、決して1人ではなかったはずです。それなのに、心のどこかが、いつもぽっかり空いているような感覚がありました。

「このまま一生1人なのかもしれない」という孤独感が、いつも心のどこかにありました。恋愛でしか埋められないものがあると、本気で思い込んでいたんです。

家族の愛情や友達との時間では埋まらない、恋愛だけが埋めてくれるものがあるんだと。

その孤独感と同時に、「この孤独がいつまで続くか分からない」という恐怖もありました。

友達から「長い間彼氏ができない」という話を聞くと、「私もこのままそうなるんじゃないか」と、勝手に自分の未来と重ねて不安になっていました。

終わりが見えない孤独ほど、怖いものはなかったんだと思います。

「誰が私を選ぶんだろう」という不安

年齢も若い頃とは違いますし、子供もいるシングルマザーです。

「これから先、もう私を好きになってくれる人、彼氏になってくれる人なんて現れないんじゃないか」「誰が私を選ぶんだろう」という不安が、いつも心のどこかにありました。

条件を並べれば並べるほど、自分が選ばれる可能性はどんどん低くなっていくような気がして、余計に焦りが強くなっていきました。

この不安が、彼氏がいない自分を受け入れられない気持ちを、さらに強くしていたんだと思います。

退屈な時間が、「自分には価値がない」という思い込みに火をつけていた

今振り返って気づいたのは、あの苦しさの正体は、結局のところ「誰かに選ばれていないと自分には価値がない」という思い込みだったということです。ただ、その思い込みが一番強く顔を出してくるのが、まさに退屈な時間だったんです。

楽しく過ごせている時は、自分の価値についてそこまで深く考えることはありません。でも、暇で何もすることがない時間になると、途端に「誰にも必要とされていない」「やっぱり私には価値がないのかも」という考えが押し寄せてきました。

退屈は、いわば、その思い込みに火をつけるスイッチのようなものだったんだと思います。

私はそれまで、自分の時間を自分で楽しく過ごす、楽しくするということを、ほとんどしてきませんでした。

楽しいと感じる時間は、いつも彼氏や、口説いてくる人とのデートの中で作られていたんです。

だから、1人になった途端、何をどう過ごしていいのか分からなくなってしまう。何もすることのない時間の中で、「やっぱり誰にも選ばれない私には価値がないんだ」という思い込みだけが、どんどん大きくなっていったんです。

まとめ

「彼氏がいない自分を受け入れられない」という苦しさの正体は、結局「誰かに選ばれていないと自分には価値がない」という思い込みでした。そしてその思い込みは、退屈な時間、何もすることのない1人の時間に、一番強く顔を出していたんです。

もし今、同じように「彼氏がいない自分」を受け入れられずに苦しんでいる方がいたら、一度立ち止まって、その苦しさの奥に「自分には価値がない」という思い込みが隠れていないか、探してみてほしいなと思います。

そして、その思い込みが強く出てくるのが暇で何もすることのない時間だとしたら、まずは自分自身の時間を、少しずつ楽しめるものに変えていくことから始めてみてくださいね。

タイトルとURLをコピーしました